◇見知らぬ大きな街
街角に一人の少年があたりをきょろきょろと見回しながら歩いていた。
見るもの全てが珍しく好奇心でいっぱいの瞳を輝かせている。
タイム 「おっきな街だな〜。ここならいろんな品物がありそうだ」
雑貨屋らしき看板を見つけて少年は店に入っていった。
店主の親父が威勢良く声を掛ける。
店 主 「らっしゃい! ぼうず、おつかいかい? えらいな」
タイム 「ぼうずじゃないし、おつかいでもないぞ! おいら痩せた土地でも
育つような丈夫な種を探してんだ。何かいい物無いかな?」
少年は店内を熱心に見回し、背伸びして棚を覗いたりと真剣な様子だった。
店 主 「痩せた土地か、それならトマトやジャガイモがいいんじゃないか?」
タイム 「トマトやジャガイモ? じゃあ、それを買えるだけ買っていこうかな」
店 主 「…そう言えば前に同じように痩せた土地でも育つ物を探しに娘さんが来たっけな」
店主は腕組みをしながら思い出したように話す。
その言葉に少年は驚いたように店主の方を見た。
タイム 「えっ! それって髪が長くて美人の?」
店 主 「ああ、左目の下にホクロがあるべっぴんさんだったよ。知り合いか?」
タイム 「うん、おいらのねーちゃんだよ♪ 痩せた土地でも育つ種を探しに出たんだ」
姉が元気にしていたことを知り少年は嬉しそうに笑った。
おっとりとして大人しそうな娘とワンパク小僧な少年が姉弟だったことに店主は少し驚いたが、そのときの様子を思い出しながら話を続けた。
店 主 「なるほど。しかし、あいにくそんときは種を切らしてたんでな、
ひとつ先の街まで行くって言ってたな」
タイム 「ふーん、いつも種がそろってるわけじゃないのか〜」
店 主 「まぁな、種を仕入れに行ってもいい値段で買えなかったりするからな。
そう言うときは仕入れを見送ったりするのさ」
タイム 「え〜、無いとお客さんが困るじゃないか〜」
店 主 「そんなこと言ってもなぁ、仕入れ値が高くなると売値も当然高くなる。
それで買って貰えなくなると種がムダになっちまうからなぁ」
店主の話を聞いて少年は腕を組み考え込んだ。
タイム 「…そうか安く売るだけじゃ商売にならないのか」
店 主 「なんだぼうず。種を売る為に買うのかい?そしたら市場に行かねーとな。
安く買わなきゃ利益が出ないだろ」
店主は大きな声で笑いながら語る。
少年は少し馬鹿にされたような気がしたが真剣な顔で考え込んだ。
タイム 「うーん、安く仕入れて安く売りたいけど、それじゃ儲けが出ないし、
かといって値段を高くしたらお客さんが不満だろうし…
お客さんが喜んでくれないとなぁ…」
店 主 「なんだ、ずいぶん若いのにいろいろ考えているんだな、ぼうず」
タイム 「だからぼうずじゃないって言ってるだろ! おいらはタイムってんだ」
店 主 「そうか、タイム。そうだな、仕入れ値を安く、儲けを大きくしたいなら
いいアイデアがあるぞ。無料で出来るサービスをつけるんだ」
タイム 「無料で出来るサービス?」
店主が提案するアイデアに少年は興味津々の顔でカウンターに体を乗り出した。
店 主 「ああ、電話で注文受けてな、それをお客の家まで届けるのさ。買い物にくる
手間が省けるから多少値段が割高になっても客は納得してくれると思うぞ」
タイム 「…宅配サービスかぁ。すげぇ! それだっ!
そんないいアイデア貰っちゃっていいの? おっちゃん!」
少年は拳を握りしめて嬉しそうに叫ぶ。
店 主 「ははは、たいしたアイデアじゃねぇよ。俺も若い頃はそうやって走り回って
いたけどな、この年じゃもうキツイから引退しちまった。ま、とにかく世の中
商売やってく人間はな、体力とそれから知恵も必要ってこった」
タイム 「そっか、おいらももっと勉強しなくっちゃな!」
勉強すると言う言葉を嬉しそうに言う少年に店主も嬉しくなり饒舌になる。
店 主 「ああ、でもな一番大事なのは『誠心誠意』だ」
タイム 「セイシンセイイ?」
店 主 「要はハートって事だな。商売ってのは金と物じゃない、人と人なんだ。
信頼関係を築く事が大事ってことだ。おまえはちゃんとそれがわかってる。
きっと、いい商売人になれるぜ♪」
少年は少し照れて、それから誇らしげににっこりと笑った。
街のいろいろなお店を見て、市場へ行ってそれから自分の町に帰ると店主に話した。
すっかり少年が気に入った店主は大きな声で「がんばれよ!」と声援を送った。
店を出た少年はリュックを背負い直し、ひとつうなづくと元気な足取りで歩き出した。
END